Review

Introduction

魅惑的な“水の精”神話―――
名匠クリスティアン・ペッツォルトが大胆に現代に置き換えて映画化
『東ベルリンから来た女』などドイツの歴史を描き、社会派として知られる名匠ペッツォルト監督が、新作のモチーフに選んだのは「水の精」。「愛する男に裏切られたとき、その男を殺して、水に還らなければならない」という切ない宿命を背負った女の物語を、現代都市ベルリンに幻想的に蘇らせた。
古代ギリシャ時代から天才たちを魅了してきた 愛の物語
水の精の物語はペッツォルト監督のみならず、多くの天才アーティストたちにインスピレーションを与え、無数のバリエーションを生んできた。古くはギリシャ神話に根源となるモチーフを確認でき、アンデルセンはお伽話「人魚姫」を書き上げ、チャイコフスキーはオペラ、ドビュッシーは楽曲を創作した。ゲーテが「ドイツの真珠」と絶賛したロマン派のフリードリヒ・フーケが発表した傑作小説「ウンディーネ」は、現代でも読み継がれている。近年、再評価されている三島由紀夫の自伝的小説「仮面の告白」にも登場している。
若き実力派の親密な再タッグ!
妖艶なウンディーネを演じたのは、『婚約者の友人』や『ある画家の数奇な運命』のパウラ・ベーア。本作でベルリン国際映画祭とヨーロッパ映画賞にて女優賞受賞という快挙を成し遂げた。心優しいクリストフ役には『希望の灯り』のフランツ・ロゴフスキ。このふたりは、ペッツォルト監督の前作『未来を乗り換えた男』でも共演しており、稀有な才能の再タッグが、濃密な映像世界へと誘引する。

Story

ベルリンの都市開発を研究する歴史家ウンディーネ。彼女はアレクサンダー広場に隣接する小さなアパートで暮らし、博物館でガイドとして働いている。恋人のヨハネスが別の女性に心移りし、悲嘆にくれていたウンディーネの前に、愛情深い潜水作業員のクリストフが現れる。数奇な運命に導かれるように、惹かれ合うふたりだったが、次第にクリストフはウンディーネが何かから逃れようとしているような違和感を覚え始める。そのとき、彼女は自らの宿命に直面しなければならなかった・・・。

About UNDINE

天才たちを魅了する
「水の精 ウンディーネ/オンディーヌ」神話
「ウンディーネ」とはラテン語の「unda(波)」に由来し、
人間との結婚によってのみ不滅の魂を得ることができる
女性の形をした水の精霊。
ウンディーネをモチーフにした物語は
「愛する男が裏切ったとき、その男は命を奪われ、
ウンディーネは水に還えらなければならない」というストーリーラインで描かれている。
・根源となるモチーフはギリシャ神話に登場する。
・1566年、医者で錬金術師であったパラケルススの戯曲に「ウンディーネ」の名称が確認できる。
・1811年、ゲーテが「ドイツの真珠」と絶賛したフリードリヒ・フーケの小説「ウンディーネ」。ロマン派の最高傑作といわれ、現代でも読み継がれている。この小説が多くのバリエーションと再構築に対するインスピレーションの源となった。三島由紀夫「仮面の告白」に、主人公が恋心を抱く女性が、読んでいる本として「水妖記(ウンディーネ)」の表記で登場する。
・新しい解釈でアンデルセン「人魚姫」(1836年)や、オスカー・ワイルド「漁師とその魂」(1891年)などのお伽話も創作された。
・1814年、E.T.A.ホフマンがオペラ「ウンディーネ」を発表。
・1843年、のちにロシアの帝立バレエ団監督となったジュール・ペローの振付で、バレエ「オンディーヌ(またはナイアド)」を発表。
・1869年、チャイコフスキーがオペラ「ウンディーネ」を発表。
・1908年、ラヴェルが「夜のガスパール」第1曲「オンディーヌ」を発表。
・1913年、フーケの小説用に描かれたアーサー・ラッカムの挿絵に感銘を受け、ドビュッシーが「前奏曲集」第2巻 第8曲「オンディーヌ」を発表。
・1939年、フランス人作家のジャン・ジロドゥが「オンディーヌ」 を発表し、この戯曲を題材に劇団四季「オンディーヌ」(1958年初演)や手塚治虫「七色いんこ」(第20話「オンディーヌ」(1981年)などが生まれた。
・1958年、ハンス・ヴェルナー・ヘンツェ作曲、フレデリック・アシュトン振付のバレエ「オンディーヌ」が初演される。現代でも踊り続けられ、英国ロイヤルバレエ団で、プリンシパルをつとめた吉田都の当たり役としても知られる。
・1961年、オーストリアの詩人、小説家インゲボルク・バッハマンの「ウンディーネが行く」が出版される。短編集「三十歳」に収録。
・1978年、漫画家の山岸凉子が「ウンディーネ」を発表。のちに「月読 自選作品集」に収録される。

Cast Profile

Paula Beer
パウラ・ベーア
Profile
Franz Rogowski
フランツ・ロゴフスキ
Profile
Maryam Zaree
マリアム・ザリー
Profile
Jacob Matschenz
ヤコブ・マッチェンツ
Profile
Paula Beer
パウラ・ベーア
1995年ドイツ、ベルリン生まれ。舞台で経験を積んだ後、14歳でクリス・クラウス監督の「POLL」(10/未)で主役を務め、バイエルン映画賞新人女優賞を受賞しデビューを飾る。ロンドンのギルドホール音楽演劇学校などで演技を学び、『ルートヴィヒ』(マリー・ノエル、ピーター・ゼアー監督/12)や『クリスマスの伝説―4人の若き王たち』(テレーザ・フォン・エルツ監督/15)などに出演。オーディションでフランソワ・オゾン監督『婚約者の友人』(16) の主演を勝ち取り、ヴェネツィア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人俳優賞)を受賞。オゾン監督が『婚約者の友人』のラッシュ映像をペッツォルト監督に観せたことが縁で、『未来を乗り換えた男』(18)のヒロインに抜擢される。他にフロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督『ある画家の数奇な運命』(18)、アントナン・ボードリー監督『ウルフズ・コール』(19)などに出演。本作でヨーロッパ映画賞女優賞、モントクレア映画祭俳優賞、ベルリン国際映画祭銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞。ベルリン国際映画祭は2021年より性別による賞を廃止するため、最後の「最優秀女優賞」受賞者となった。
Franz Rogowski
フランツ・ロゴフスキ
1986年ドイツ、フライブルク生まれ。2007年からクロアチア国立劇場、ベルリンのHAU劇場などの作品で、俳優・ダンサー・振付師を務める。2018年にはドイツの国立劇場ミュンヘン・カンマーシュピーレのレパートリー作品として「NO SEX」(作・演出:岡田利規)に出演。映画ではヤコブ・ラス監督「FRONTALWATTE」(11/未)の主役で映画デビューし、「愛のステーキ」(13/未)でミュンヘン映画祭男優賞を受賞する。2018年にはペッツォルト監督の『未来を乗り換えた男』、トーマス・ステューバー監督の『希望の灯り』で主役を務め、ベルリン国際映画祭シューティング・スター賞、ドイツ映画賞主演男優賞に輝いた。他にベルリン国際映画祭銀熊賞(芸術貢献賞)を受賞したゼバスチャン・シッパー監督『ヴィクトリア』(15)、ミヒャエル・ハネケ監督『ハッピーエンド』(17)、テレンス・マリック監督『名もなき生涯 』(19)。ガブリエーレ・マイネッティ監督「Freaks Out 」などの出演作が控えている。本作でリスボン&エストリル映画祭芸術貢献賞を受賞した。
Maryam Zaree
マリアム・ザリー
1983年イラン・テヘラン生まれ。映画やドラマでキャリアを積み、TVドラマ「4ブロックス」(17〜18)シーズン1とシーズン2などに出演。映画ではペッツォルト監督の『未来を乗り換えた男』(18)にも出演している。政治的反体制派である両親を持ち、イランの刑務所で生まれ、二歳の時にドイツに亡命してきた自らの生い立ちや、イランの政治について描いた「Born in Evin」(19/未)を監督し、ドイツ映画賞最優秀ドキュメンタリー賞を見事に受賞した。
Jacob Matschenz
ヤコブ・マッチェンツ
1984年ベルリン生まれ。デニス・ガンゼル監督『THE WAVE ウェイヴ』(08)などに出演する。その後の主な出演作に、名匠フォルカー・シュレンドルフ監督の『シャトーブリアンからの手紙』(11)や 『ぼくらの家路』(エドワード・ベルガー監督/13)、『ヒトラーへの285枚の葉書』( ヴァンサン・ペレーズ監督/16)、『5パーセントの奇跡 嘘から始まる素敵な人生』(マルク・ローテムント監督/17)などがある。

Staff

Christian Petzold
クリスティアン・ペッツォルト (監督・脚本)
1960年9月14日ドイツ、ヒルデン生まれ。ベルリン自由大学でドイツ哲学と演劇を学び、その後ドイツ映画テレビアカデミー(DFFB)で映画製作を学びながら、助監督を務めた。卒業後、いくつかのTV映画を監督した。映画では2003年「WOLFSBURG」(未)でベルリン国際映画祭批評家連盟賞などを受賞、続く「GHOSTS」(05/未)ではベルリン国際映画祭コンペティション部門に出品、ドイツ映画批評家賞を受賞、「YELLA」(07/未)では主演のニーナ・ホスにベルリン国際映画祭銀熊賞(女優賞)をもたらした。『東ベルリンから来た女』(12)ではベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)を受賞し、『あの日のように抱きしめて』(14) はサンセバスチャン映画祭批評家連盟賞をはじめとする多数の賞に輝いている。『未来を乗り換えた男』では、ベルリン国際映画祭コンペティション部門出品、トルコ・ドイツ映画祭最優秀賞を受賞した。近年はテレビドラマの脚本、監督を手掛けるなど活躍の幅を広げている。
監督インタビュー
INTERVIEW OF CHRISTIAN PETZOLD ABOUT THE FILM UNDINE
クリスティアン・ペツォッルト監督インタビュー
Q:あなたの直近の映画は歴史的または政治的背景を持っていましたが、本作は神話を出発点としています。なぜそのような選択にしたのですか?

A:私にはそれらが異なるものと分類してしまって良いのかは分かりません。過去の作品と同様に、本作は愛についての物語です。過去作は不可能な愛、傷ついた愛、あるいは発展を予想させる愛について語っています。しかし本作では愛がどのように発展していき、心にどのように残っていくのかを描きたかったのです。そして、非政治的な物語というものはありえません。政治は常に物語の中に滑り込んでいます。

Q:ウンディーネについて無数にある物語をすべて参照しましたか?

A:いいえ。子供の頃からウンディーネの物語については知っていましたが、あらゆることを間違って記憶してしまっていました。しかし、覚えているお伽話、母親が読んでくれた神話などを読み直す必要はありません。それらの世界観は記憶に保存されており、物語を書く段になると、そうしたぼやけた部分と明確な部分とが非常に重要になってきます。凝縮や要約はあらゆる伝承の中にあります。グリム兄弟などによって記録されたお伽話は、口伝を繰り返し、あるところは変化していきましたが、いくつかの点は同じままでした。私にとって映画は、例えば州立図書館で勉強するよりも、この口承の伝統に似ています。

Qあなたのウンディーネはベルリンの歴史家であり、この街はご自分の作品の中で繰り返し独特の視点で取り上げている都市ですね。

A:この映画を企画している頃、ベルリン市立博物館に展示されている素晴らしいベルリンの模型を見ました。ベルリンは辺り一帯を排水処理して整地し、沼地に建てられた都市です。そして、神話を持たない人工的で近代的な都市です。かつての貿易都市のように神話を輸入しました。同時に、ベルリンはそれ自身の歴史をどんどん消し去っている都市でもあります。ベルリンの特徴的な要素であった「壁」は、非常に短い期間で取り壊されました。フンボルトフォーラム(「ベルリン王宮」の外観を復元した新しい複合文化施設)もまた過去の略奪なのです。これらの破壊された過去、神話の残骸はウンディーネの物語の一部だと思います。

Q:水中シーンをどのように準備しましたか?

A:準備のために沢山の映画を観ました。最も魅力的だった水中映画は、リチャード・フライシャーの『海底二万哩』です。本作のすべての水中世界は、水を加える前に構築されました。アーチ道、植物、巨大な溝のあるダムの壁、タービンなどの制作にまず取りかかりました。本作に出てくるベルリンの模型のように、物理的で具体的な構築モデルには魔法が宿っています。パウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキが水中を潜っていくとき、それらは本物でなければいけませんでした。しかし、魚は訓練することは出来ませんから、アニメーションを使ってナマズは追加しました。

Q:俳優たちと水中シーンのリハーサルはどのようにしましたか?

A:水中で俳優との接触は殆どできず、リハーサルもすることが出来ませんでした。そのため、これらのシーンのすべての視線と動きについて、完全なストーリーボードと正確なショットリストを作成しました。これは特に撮影監督にとって非常に重要でした。撮影は私が普段よくするように、その場で決断をすることが出来ませんでした。水中カメラマンがいて、私たちは地上のモニターで確認しました。俳優は水中にいる制作アシスタントを通して私達の声を聞くことが出来ましたが、コミュニケーションを大幅に減らす必要があったので、俳優が水中に入る前に、すべての論理的側面に取り組みました。彼らは信じられないほど疲弊していましたが、力強く推し進めてくれました。

Q:パウラ・ベーアとフランツ・ロゴフスキは『未来を乗り換えた男』でも既に共演していました。彼らの何がいちばん好きですか?

A:『未来を乗り換えた男』の撮影中、映画に出てくるピザ屋でランチをしているときに、私は二人にまだ初期段階の本作の企画を話しました。それは私にとってとても楽しく、また彼らも物語を楽しんでくれていることに気づきました。彼らの相互作用には大きな信頼があります。彼らのあらゆる触れ合い、あらゆる視線、すべてが信頼と尊敬と信じられないほどの解放感に満ちています。私達三人はいつでもすべてを一緒に話し合うことが出来ました。パウラ・ベーアは非常に若い女優ですが、他の人が歳をとってからしか経験できないようなことを表現することが出来ます。フランツ・ロゴフスキは確実にドイツで最も肉体的な俳優です。そして、あのような目線を送れる俳優はそう多くはいません。フランツの身体的側面は、彼の手さばき、ものに触れる様の素晴らしさでも見ることができます。フランツと一緒に居ると、彼がフィジカルに世界を捉えていて、それを楽しんでいるという印象を常に抱きます。

Hans Fromm
ハンス・フロム(撮影監督)
1961年ドイツ、ミュンヘン生まれ。ベルリン・ステート・カレッジで映画撮影を学ぶ。ペッツォルト監督の長編作品すべての撮影監督を務めており、「YELLA」(07/未)でドイツ映画批評家賞最優秀イメージ・デザイン賞受賞、『東ベルリンから来た女』(12)でドイツ映画賞最優秀カメラ賞、『未来を乗り換えた男』(18)では映画撮影技師を対象としたマナキブラザーズ国際撮影監督映画祭のGolden Camera 300賞にノミネートされた。
Bettina Böhler
ベッティナ・ボーラー(編集)
1960年ドイツ、フライブルク生まれ。ペッツォルト監督の多くの作品に参加し「YELLA」(07/未)でベルリン国際映画祭フェミナフィルム賞とブレーメン映画賞を受賞、『東ベルリンから来た女』(12)でドイツ映画批評家賞最優秀編集賞受賞、『未来を乗り換えた男』(18)でドイツ映画批評家賞最優秀編集賞にノミネートされた。その他の作品にペッツォルト監督の『あの日のように抱きしめて』(14)、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の『ハンナ・アーレント』(12)、『イングマール・ベルイマンを探して』 (18)など。本作でセビリヤ・ヨーロッパ映画祭最優秀編集賞を受賞した。

Credit

Cast/キャスト
Undine Paula Beer ウンディーネ:パウラ・ベーア
Christoph Franz Rogowski クリストフ:フランツ・ロゴフスキ
Monika Maryam Zaree モニカ:マリアム・ザリー
Johannes Jacob Matschenz ヨハネス:ヤコブ・マッチェンツ

Staff/スタッフ
Director & Scriptwriter Christian Petzold 監督・脚本:クリスティアン・ペッツォルト
Cinematographer Hans Fromm, bvk 撮影監督:ハンス・フロム
Editor Bettina Böhler 編集:ベッティナ・ボーラー
Production Designer Merlin Ortner プロダクションデザイン:メルリン・オルトナー
Costume Designer Katharina Ost 衣装:カタリーナ・オスト
Producer Florian Koerner von Gustorf Michael Weber プロデュサー:フロリアン・ケルナー・フォン・ダストフ ミヒャエル・ヴェーバー
挿入曲:バッハ 協奏曲ニ短調(マルチェッロのオーボエ協奏曲による) BWV974 第二楽章アダージョ
2020年/ドイツ・フランス/ドイツ語/90分/アメリカンビスタ/5.1ch/原題:Undine/日本語字幕:吉川美奈子/配給:彩プロ
© SCHRAMM FILM / LES FILMS DU LOSANGE / ZDF / ARTE / ARTE France Cinéma 2020

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